こふきとは神と人間の(鴻基と光輝)である。

 こふきとは、神が人間を造った大事業の鴻基であり、輝く光であり、月様の光であり、栄誉、栄光の光輝である。つまり人間を造ろうと思い下された月様・くにとたちの命、そしてそれを受けた日様、おもたりの命、その月日二柱の親神の思い受け道具衆となりたもうた八柱の神々の道、つまり十柱の神の道の輝かしい足跡がこふき(鴻基・光輝)である。

 そしてまた、この十柱の神の道である真実の神道を人類に初めて教えたまい、その人間を救済するため自ら実践された神・中山みきのひな形の道であり、更にはその生神・中山みきに感銘を受け、その言動を信じてこの道を歩まれた先達や後人の光輝く痕跡の証でもある。中山みきが十柱の神より受けたまいし神示である御筆先には、

 

このたすけいまばかりとハをもうなよ これまつたいのこふきなるぞや(2-10)

 

いまゝでもしんがくこふきあるけれど もとをしりたるものハないぞや(3-69)

 

にち/\に神のはなしをたん/\と きいてたのしめこふきなるぞや(3-149)

 

このみちハせかいなみとハをもうなよ これまつだいのこふきはぢまり(5-18)

 

このみちについたるならばいつまても これにいほんのこふきなるのや(5-31)

 

にほんにもこふきがでけた事ならば なんでもからをまゝにするなり(5-32)

 

なに事も月日の心をもうにわ にほんにこふきほしい事から(10-87)

 

にほんにもこふきをたしかこしらへて それひろめたらからハまゝなり(10-88)

 

このところどのよなこふきしたるとも これハにほんのたからなるぞや(10-91)

 

一れつの心さだめてしやんせよ はやくこふきをまつよふにせよ(10-92)

 

しんぢつのこふきがでけた事ならば どんな事でも月日ひろめる(10-93)

 

この事わ一寸事やとをもうなよ これハにほんのこふきなるのや(11-32)

 

このよふなはなしくと/\ゆうのもな これハまつたいこふきなるのや(11-66)

 

とのよふな事もたん/\しらしたさ にほんのこふきみなこしらゑる(11-68)

 

このたすけ一寸の事やとをもうなよ これわにほんの一のこふきや(12-101)

 

 神・中山みきが人類が宿しこまれ、今も変わらず十柱の神々が御鎮座する地場で歩まれた尊いひながた道、またその教えに感銘を受けた高弟子らの歩んだ尊いひながたの道、そして、これからそのひながたの道を歩もうとする誠真実の者が残していくひながたの道も、新たな日本の宝となるこふき(鴻基及び光輝)となるのである。


立教187年春季大祭記念

高井家資料